裁判速記のステンチュラ美人

ステンチュラ(Stentura)アメリカのステノグラフ社製。
 ちいさな町工場みたいなところで作っているという。
 デザインは、1960年代アール・ヌーヴォーのリバイバル・モダンか。
 そもそも名前がそれっぽい。チュラだ。チュラ。


 日本語に特化した速記専用タイプライター。特注である。
 アルファベット10個の組み合わせですべてを発語同時打鍵で記録する。
「日本語に特化している」ことの意味は「てにをは」ではないかとは思うがよくわからない。


 裁判所の速記は、意味がわかれば良いというものではない。
 証言者の言った言葉を正確に記録することだ。「ああ。うぐっ。んと」などの発語も記録する。
 証人尋問のテーマは、嘘つきは誰だ? なのである。


 1台40万円程度。これは裁判所の備品ではなく、速記者の自費である。
ならば、速記者は「請け負い」かえ?


 不思議なのが、速記者のいない裁判所があるということ。
 録音機はあるのだろうが、テープ起こしをやるということなのだろうか。
 かなりの時間がかかると思うが。
 今、僕が苦しんでいることのなかには、このテープ起こしがある。
 やったことのある人は、わかるだろう。
「えっとぉ。あのおぉー。んでぇ」が入る会話というのは、文章にはなっていないことが多い。イコライザーを通して聞くのに必死のとんでもない作業だ。


 裁判所の録音機器の精度だって、かなり怪しいものだ。
 法廷内の音量は、ハウリングの問題があるから絞ってあるのだが、法廷で写真などのプロジェクター上映をみたことがある人はわかるだろう。
 写っているのかいないのかわからんような投射で、あんなもの、素人の構成だ。頭おかしいんじゃないかと思う。
 そのレベルを見れば、録音だってその程度かもしれないのである。


 ああいうものは、業者に頼めば良いというものではない。
 業者も扱う機器の得意分野というものがある。
 かつて、企業が新設したという撮影スタジオなどに行って、唖然としたことが何度かある。それは写真や映像の撮影方法を全く知らない業者が作ったとしか思えず、なんでこんなふうになっているのかと考えると、つまりは、演劇の舞台照明の設備だったりする。不要な設備、無用な設備、邪魔な設備。あると困る設備。どうしようもない設備。何百万円も投入して馬鹿かと思う。


 それは、裁判所の発注者と業者の意思疎通ができていないということ。
 ああいうものを設置するときは、法廷と器械の両方に通じた人物が必要になる。だから、世の制作物にはプロデューサーという役割があるのだ。
 取引優先で、いい加減に妥協しているから、ああなる。


 僕にやらせれば、もっとしっかり設置してやる。
 手配料として50万円くらいは欲しい。
 設備が一千万円なら、100万円は欲しい。
 でも、そういうお金は、よう出さんだろ。だから、駄目なんだ。
 もっとも、金だけとって何も按配しない人が多く、その正誤も判断できない人がまた多いから、世の中それで許されると思ってピンハネと呼ばれる行為が横行する。


 発注担当者は、せめて一カ月くらいは徹底的に調査を重ねて、いろいろな業者と組んで検討をしなければならない。実際の現場に何度も足を運ばなくてはならない。他の仕事をさせてはならない。
 相談した業者には当然になんらかの支払いをしなければならない。これもようせんだろ。だから駄目なんだ。
 コンペが只だと思ってる奴とは仕事なんかしたくないわな。
 こういうところからも、談合や架空の相見積書の必要性が生れてくるのだ。


 発注者にそんな余裕かないのならば、最低限、プロデューサーを探さなくてはならない。
 あちこちまわって、見聞して、これは誰がやったのか教えてもらうのだ。
 そういう手間ヒマをかけずに、きちんとした仕事なんかできるわけがない。


 さて。話を戻して。
 口頭弁論の実質的展開や、裁判員制度での即応性を考えると、録音よりは、速記に軍配があがると思う。そのとき、録音は予備であり、物証であろう。


 但し、その速記も通訳と同じで、その場に座るだけですべてが記録できるというものではない。
 速記官は、本番の前には、その裁判の記録を読み、証言者の発言を予想して、よく使われる単語や人名を略号にしておくという準備をする。
 ひとつの裁判で、A4の用紙で3枚分もびっちり略号を用意することもある。
 だから、打鍵したロール紙は、裁判所の速記官、あるいは、打った本人でないと解読できない。
 速記が終わったら、それを清書する。しかし、テープ起こしと比べれば、ずいぶんと早くできるはずだ。


 通訳も、よく誤解されているが、そこにいれば、すぐに同時通訳ができるというものではない。ネットブラウザの翻訳機能が壊滅的なのをみてもわかるように、言語を知っていれば通訳できるというものではない。テクニカルタームなども前もって知っていなければ、基本的には同時翻訳は無理である。
 この言い回しは何だろう、今の"It"は何かと考えたら最後、同時通訳はできない。


 言語は記号ではない。意味なのである。